近年、働き方の多様化やインターネットの普及に伴い、「フリーランス」として活動する人々が急速に増加しています。しかし、その一方で、発注者との力関係の不均衡や、実質的には雇用関係に近いにもかかわらず業務委託契約として扱われる「偽装フリーランス」といった問題も顕在化してきました。
このような状況を受け、フリーランスの権利保護と取引の適正化を目的とした新たな法律、通称「フリーランス保護新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」が制定され、2024年11月1日に施行される予定です。
本記事では、このフリーランス保護新法の制定背景から、具体的な内容、予想される影響、そして関連する「偽装フリーランス」問題やインボイス制度との関わりまで、網羅的かつ客観的に解説していきます。フリーランスとして活動する方、フリーランスに業務を発注する企業双方にとって重要な内容となりますので、ぜひ最後までご覧ください。
フリーランス増加の背景と定義の曖昧さ
フリーランス保護新法が制定された大きな背景には、フリーランス人口の著しい増加があります。その要因としては、以下のような点が挙げられます。
- インターネットを通じた仕事の獲得容易化: クラウドソーシングサイトやSNSなどを通じて、個人でも仕事を見つけやすくなりました。
- 副業解禁の流れ: 企業に所属しながら、副業としてフリーランス活動を始める人が増えています。
- リモートワークの普及: 場所を選ばない働き方が可能になり、フリーランスという選択肢が現実的になりました。
- シニア層の活用: 定年退職後、元の勤務先と業務委託契約を結び、経験やスキルを活かして働くケースも増加しています。
しかし、フリーランスの定義自体が未だ曖昧であり、調査機関によってその推計人口には大きなばらつきが見られます。これは、フリーランスという働き方の多様性を示すと同時に、法的な保護の対象を明確にすることの難しさも示唆しています。一般的には、特定の企業や団体に所属せず、独立して業務を請け負う個人事業主や法人(一人社長など)を指すことが多いですが、その実態は様々です。
「偽装フリーランス」問題:企業側のメリットと働く側のデメリット
フリーランス増加の背景には、企業側の事情も大きく関わっています。特に中小企業においては、業績悪化への対策として、人件費削減を目的とした動きが見られます。その一環として、専門家(税理士、コンサルタントなど)から以下のようなアドバイスがなされることがあります。
「正社員をフリーランス(業務委託)に切り替えれば、人件費を削減できます。具体的には、社会保険料の会社負担分が不要になり、さらに消費税の仕入税額控除の対象となるため、節税にも繋がります。働く側も、フリーランスになれば経費を計上できるので、双方にとってメリットがあります。」
このような提案を受け、実質的な働き方は変わらないにもかかわらず、雇用契約から業務委託契約へと移行させられるケース、いわゆる 「偽装フリーランス」 が社会問題化しています。
雇用契約と業務委託契約の主な違い
「雇用(労働者)」と「業務委託(フリーランス)」では、法的な位置づけや権利・義務が大きく異なります。
項目 | 雇用(労働者:会社員、パート、アルバイト等) | 業務委託(フリーランス、個人事業主等) |
契約形態 | 雇用契約 | 業務委託契約(請負契約、委任契約など) |
指揮命令 | 発注者(会社)からの指揮命令を受ける | 原則として指揮命令を受けない(仕事の進め方は自由) |
労働時間 | 労働基準法による規制あり(週40時間等) | 原則として自由 |
休暇 | 有給休暇制度あり | 原則としてなし |
最低賃金 | 保証あり | 保証なし |
労災保険 | 原則として強制加入 | 従来は一部業種のみ、2024年11月より任意加入可 |
社会保険 | 健康保険、厚生年金、雇用保険(会社と折半負担) | 国民健康保険、国民年金(全額自己負担) |
税務処理 | 年末調整(会社が大部分を行う) | 確定申告(自身で全て行う) |
偽装フリーランスの場合、契約形態は業務委託でありながら、実態としては会社の指揮命令を受け、労働時間も拘束され、有給休暇や最低賃金の保証もない、といった「労働者性の強い働き方」を強いられるケースが多く見られます。これにより、企業側は社会保険料負担や労働法規の遵守義務を免れようとし、働く側は労働者としての保護を受けられないという不利益を被ることになります。
労働基準監督署の判断の難しさ
このような偽装フリーランスの問題について、労働基準監督署に相談が寄せられることもありますが、その判断は非常に難しいのが現状です。「労働者性」の判断基準(指揮命令の有無、報酬の労務対価性、場所的・時間的拘束性、専属性など)は存在するものの、これらの要素を総合的に勘案する必要があり、明確な線引きが困難なケースが少なくありません。
実際、労働基準監督署の判断が「どちらとも言えないため当事者間で解決を」といった形になることも多く、1980年代に確立された労働者性の判断基準が、現代の多様な働き方に追いついていないという課題も指摘されています。厚生労働省による「偽装フリーランス」の公式な集計数も、実態を反映しているとは言い難い状況です。
「偽装フリーランス」対策としてのインボイス制度
政府は、この偽装フリーランス問題に対し、直接的な労働者性の判断とは異なるアプローチからも対策を講じようとしています。その一つが、2023年10月から開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)です。
前述の通り、企業が従業員をフリーランス(業務委託)に切り替えるメリットの一つに、「消費税の節税」がありました。フリーランスへの支払いは外注費として扱われ、消費税の仕入税額控除の対象となるため、企業側の消費税負担が軽減されるという理屈です。
しかし、インボイス制度の導入により、原則として適格請求書(インボイス)の保存がなければ仕入税額控除が認められなくなりました。インボイスを発行できるのは、消費税の課税事業者に限られます。年収が比較的低いフリーランス(特に免税事業者)がインボイス登録をしない場合、企業側は仕入税額控除を受けられず、消費税の節税メリットは享受できなくなります。
一方で、フリーランスがインボイス登録をすれば、企業は引き続き仕入税額控除を受けられますが、フリーランス自身は新たに消費税の納税義務者となる(あるいは課税事業者として納税を続ける)ことになります。
このように、インボイス制度は、企業側の安易な「節税目的のフリーランス化」に一定の歯止めをかける効果と、これまで免税事業者の多かったフリーランス層からの消費税徴収を強化するという、二つの側面を持っていると言えます。
フリーランス保護新法の概要:取引の適正化と保護の強化
インボイス制度に続く「偽装フリーランス」対策の第2弾とも言えるのが、2024年11月施行予定のフリーランス保護新法です。この法律は、フリーランス(特定受託事業者)と発注事業者との間の取引における様々なトラブルを防止し、フリーランスが安定して業務を行える環境を整備することを目的としています。
対象となる事業者
- 発注事業者:
- 資本金1,000万円以下の法人や個人事業主も対象となります(下請法では対象外だった小規模事業者もカバー)。
- ただし、発注者が一般消費者の場合は対象外です。
- 受注事業者(フリーランス):
- 従業員を雇用していない個人事業主。
- 従業員を雇用していない法人(いわゆる一人社長など)。
主な規制内容
フリーランス保護新法は、発注事業者の規模や契約期間に応じて、段階的に義務や禁止事項を定めています。
1. 全てのフリーランス取引に共通する義務(発注者が個人の場合も含む)
- 取引条件の明示義務:
- 業務内容、納期、報酬額、支払期日などを、書面または電磁的方法(メール、SNSのメッセージなど)で明確に示さなければなりません。口頭での曖昧な指示は認められにくくなります。
2. 発注者が「従業員を雇用する事業者(法人・個人)」の場合に追加される義務・規制
上記の取引条件明示義務に加えて、以下の点が義務付けられます。
- 報酬の支払期日の設定・遵守義務:
- 原則として、給付受領日(納品日など)から起算して60日以内の出来る限り短い期間内に支払期日を設定し、遅滞なく支払わなければなりません。
- 募集情報の的確な表示義務:
- フリーランスに業務を委託するための募集広告などにおいて、虚偽の表示や誤解を招く表示をしてはなりません。
- ハラスメント対策に係る体制整備義務:
- フリーランスからのハラスメント相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備しなければなりません。
3. 「継続的業務委託(1ヶ月以上)」の場合にさらに追加される禁止事項
上記1および2の義務・規制に加え、1ヶ月以上の継続的な業務委託契約の場合には、以下の7つの行為が禁止されます。これらの行為は、フリーランスの合意があったとしても、また発注者に違法性の意識がなくても、法律違反となる可能性があります。Generated code
1. 受領拒否: 正当な理由なく、フリーランスからの給付の受領を拒むこと。
2. 報酬の減額: 正当な理由なく、あらかじめ定めた報酬を減額すること。
3. 返品: 正当な理由なく、受領した給付を返品すること。
4. 買いたたき: 通常支払われる対価に比べ著しく低い報酬を不当に定めること。
5. 購入・利用強制: 発注者が指定する物・役務を不当に購入・利用させること。
6. 不当な経済上の利益提供要請: 報酬とは別に、金銭や労務の提供などを不当に要求すること(例:「ついでにこれもやっておいて」)。
7. 不当な給付内容の変更・やり直し: 正当な理由なく、一方的に給付内容を変更させたり、やり直しをさせたりすること。
4. 「特定継続的業務委託(6ヶ月以上)」の場合にさらに追加される義務
上記1~3の義務・規制・禁止事項に加え、6ヶ月以上の特定の継続的な業務委託契約の場合には、以下の義務が課されます。
- 育児介護等と業務の両立に対する配慮義務:
- フリーランスから育児や介護などの事情により業務の進め方について配慮の申し出があった場合、発注者はその内容を考慮し、必要な措置を講じるよう努めなければなりません。
- 中途解約等の事前予告・理由開示義務:
- 契約を中途解約する場合や、契約を更新しない場合には、原則として30日前までにその旨を予告しなければなりません。また、フリーランスから理由の開示を求められた場合には、遅滞なく開示する必要があります。
このように、フリーランス保護新法は、特に継続的な業務委託関係にあるフリーランス(偽装フリーランスに近い状態の者を含む)を手厚く保護しようとする意図が明確に見て取れます。契約期間が長くなるほど、発注者側の義務や禁止事項が増え、フリーランスの立場が強化される仕組みとなっています。
フリーランス保護新法の悪用懸念と、フリーランス側の注意点
フリーランス保護新法の制定は、フリーランスの権利保護という観点からは前進と言えます。しかし、一方で、この法律を逆手にとった新たな問題が生じる可能性も指摘されています。
例えば、これまで従業員を安価な労働力としてフリーランスに切り替えることを推奨してきた一部の専門家が、「フリーランス保護新法によってフリーランスは十分に守られるようになったのだから、安心して業務委託に切り替えましょう」といった論調で、企業のフリーランス活用をさらに推し進める可能性があります。
また、フリーランスになることのメリットとして、「自分で経費を計上できるから有利だ」という点が強調されることがあります。しかし、これは必ずしも全てのケースに当てはまるわけではありません。
会社員とフリーランスの税負担・社会保険料負担の比較
会社員の場合、給与所得控除という一種の「みなし経費」が収入に応じて自動的に適用されます。これは、領収書を集めなくても一定額が経費として認められるため、実額で経費を積み上げる必要があるフリーランスと比較して、税務上有利になるケースも少なくありません。
実際に、同じ収入額であっても、会社員からフリーランスになった場合、計上できる実額経費が給与所得控除額よりも少なければ、所得税・住民税の負担が増加する可能性があります。さらに、フリーランスは国民健康保険料と国民年金保険料を全額自己負担しなければならず、会社員のように会社との折半負担はありません。
これらの税負担・社会保険料負担の増加や、有給休暇・労災保険(一部任意加入化)などの福利厚生面でのデメリットを考慮すると、フリーランスとして会社員時代と同等以上の手取り収入を確保するためには、一般的に報酬額を1.3倍程度に引き上げる必要があるとも言われています。
しかし、実態としては、報酬額は据え置きのまま、あるいはわずかな増額でフリーランス契約に移行させられるケースも多く、結果として働く側の負担が増大する結果となっています。
フリーランスが取るべき自衛策と今後の展望
フリーランス保護新法は、フリーランスにとって一定の保護を与えるものですが、それだけですべての問題が解決するわけではありません。フリーランス自身も、法律の内容を理解し、自身の権利を守るための知識と交渉力を持つことが重要です。
- 契約内容の確認: 業務委託契約を結ぶ際には、フリーランス保護新法に定められた明示事項(業務内容、報酬、納期、支払期日など)がきちんと記載されているかを確認しましょう。
- 不当な要求への対抗: 法律で禁止されている行為(報酬の不当な減額、一方的な契約解除など)を受けた場合には、毅然とした態度で異議を唱えることが必要です。
- 相談窓口の活用: フリーランス保護新法に違反する行為があった場合、行政機関(公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省など)への申告が可能です。また、以前から「フリーランストラブル110番」といった弁護士会による相談窓口も設置されています。
- 理論武装と交渉力の強化: フリーランス保護新法の内容に加え、税務や社会保険に関する知識も身につけ、発注者との交渉に臨むことが求められます。
政府は、インボイス制度、フリーランス保護新法に続き、将来的にはフリーランスに対する最低賃金や有給休暇の導入、さらには社会保険制度の改正(フリーランスも厚生年金等に加入しやすくするなど)も視野に入れていると言われています。
フリーランスという働き方は、今後ますます多様化し、その重要性も増していくでしょう。しかし、その一方で、依然として立場の弱いフリーランスが不利益を被るケースも後を絶ちません。フリーランス保護新法は、その状況を改善するための一歩ではありますが、法律の施行状況や実効性を注視し、必要に応じてさらなる制度改善を求めていく姿勢も重要です。
道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である、という言葉があります。フリーランスという働き方が、単なる安価な労働力の調整弁としてではなく、真に自由で公正な選択肢として社会に根付いていくためには、法律による保護と同時に、発注者側の倫理観、そしてフリーランス自身の自己防衛意識の向上が不可欠と言えるでしょう。