会社経営において、税務・会計の専門家である税理士は不可欠な存在と認識されています。多くの経営者が、煩雑な経理処理や税務申告を税理士に一任することで、事業運営に専念できると考えていることでしょう。しかし、その「任せきり」という姿勢が、時として経営の根幹を揺るがす事態を招く可能性があることは、あまり知られていないかもしれません。
税理士との関係性は、単なる業務委託を超え、事業の将来を左右する重要なパートナーシップとなり得ます。本記事では、経営者が陥りがちな税理士選びの落とし穴や、注意すべき税理士の特性、そして事業の成長を真にサポートしてくれる理想的な税理士像について、客観的な視点から深掘りして解説いたします。
「税理士に任せておけば安心」という考えに潜む、見過ごせないリスク
「数字のことは専門家である税理士に任せておけば大丈夫」という考えは、一見合理的です。しかし、この「大丈夫」という言葉が何を指しているのか、その定義を明確に持つことが極めて重要です。過去の取引記録に基づく申告業務の代行、法的に必要な手続きの遵守といった側面では、確かに専門家の力は頼りになります。
しかし、これはあくまで過去から現在までの事象に対する処理であり、会社の未来の成長や安定を保証するものではありません。この認識のギャップが、知らず知らずのうちに経営上の重大な問題を引き起こす要因となるのです。税理士に全てを委ねることで生じうる、代表的な3つのリスクについて考察します。
1. 経営者自身の計数感覚の鈍化と経営判断能力の低下
経営者にとって、自社の財務状況や経営成績を正確に把握し、それに基づいて的確な意思決定を行う能力は不可欠です。しかし、税理士に会計業務を丸投げし、経営者自身が数字から目を背けてしまうと、この計数感覚は徐々に鈍化していきます。
理想的な税理士との関係では、毎月の試算表などを基に経営状況について協議し、戦略を練るというプロセスが繰り返されます。これにより、経営者は自然と数字に強くなり、データに基づいた客観的な経営判断が可能になります。しかし、このようなコミュニケーションが欠如し、経営者が決算書の内容すら十分に理解できていない状態では、融資交渉の場面で窮したり、経営上の重要なサインを見逃したりする可能性が高まります。これは経営の舵取りを放棄しているにも等しい状態と言えるでしょう。
2. 意図せぬ「利益相反」構造による不利益の発生
利益相反とは、一方の利益がもう一方の不利益となる状態を指します。税理士と顧問先企業との間にも、この利益相反が生じるケースが散見されます。
例えば、過度な節税提案がその典型です。一部の節税商品は、それを販売・仲介することで税理士側に手数料収入が発生する仕組みになっています。企業側にとっては、目先の税負担軽減というメリットがあるように見えても、実際には必要以上のキャッシュ流出を招き、中長期的な財務体質を悪化させることも少なくありません。
経営者が会計や税務に関する知識に乏しい場合、税理士からの提案の妥当性を判断することが困難になります。結果として、企業の利益よりも税理士側の都合が優先された提案を受け入れてしまうリスクが生じます。企業側が会計情報を正確に理解していない状態は、一部の不適切な専門家にとっては、自らの利益を追求しやすい環境となり得るのです。
3. 経営戦略における「未来志向」の欠如と「過去処理」への偏重
税理士の基本的な業務は、過去の経済活動を会計帳簿に正確に記録し、それに基づいて税務申告を行うことです。この過去の処理は、誰が行っても原則として同じ結果に至るべきものです。しかし、経営者が税理士に真に期待するのは、過去のデータ分析を踏まえた未来への戦略的な助言ではないでしょうか。
会計データは、未来を予測し、より良い経営判断を下すための貴重な情報源です。しかし、税理士との関与が過去の数値整理に終始し、未来に向けた建設的な議論が行われないのであれば、そのパートナーシップの価値は大きく損なわれてしまいます。AIや会計ソフトの進化により、単純な記帳業務の自動化は急速に進んでいます。そのような時代において、未来志向のコンサルティング能力を持たない専門家は、その存在意義が問われることになるでしょう。企業側も、過去の処理に偏重したサービス提供者との関係性を見直す必要に迫られるかもしれません。
警戒すべき税理士の特性:経営を誤導する5つのサイン
では、具体的にどのような特性を持つ税理士に対して、経営者は警戒心を抱くべきなのでしょうか。事業の健全な成長を妨げる可能性のある、注意すべき5つのサインを挙げます。これらに該当するような関与が見られる場合、現在の税理士との関係性を見直すことを検討すべきかもしれません。
特性1: 「税金削減」を至上命題とし、財務体質を度外視する
「税理士の役割は税金を減らすこと」という考えは、経営者側にも根強く存在するかもしれません。しかし、この一点にのみ固執する税理士は、長期的な視点で見ると企業にとって不利益をもたらす可能性があります。
税負担を軽減する最も直接的な方法は、課税対象となる利益を圧縮することです。そのために、過剰な経費計上を推奨したり、前述のような必ずしも企業のためにならない節税商品を積極的に勧めたりするケースがあります。確かに目先の税額は減少するかもしれませんが、それは同時に企業内部に留保されるべきキャッシュの減少を意味します。
健全な企業経営とは、適正な利益を確保し、納税義務を果たした上で、事業の持続的成長のための投資や内部留保を充実させていくことです。利益が出ているからこそ納税があるのであり、この基本的な原則を理解することが不可欠です。税額の多寡だけに経営者の注意が向いていると、税理士もその期待に応えようとして、本質的でない節税策に傾倒しがちになるという側面も否定できません。
特性2: 「赤字経営の容認」や「専門家としての不適切な態度」
信じ難いことですが、「黒字化すると税負担が増えるため、赤字のままの方が良い」といった趣旨のアドバイスをする税理士も存在すると言われています。赤字経営が常態化している企業が存続できているのは、多くの場合、金融機関からの借入や外部からの資金調達に依存しているためです。こうした自転車操業状態は、外部環境の変化に極めて脆弱であり、持続可能性は低いと言わざるを得ません。
また、専門家としての立場を過度に意識し、クライアントである経営者に対して高圧的な態度を取ったり、一方的な指導に終始したりする税理士も問題です。税理士業は、高度な専門知識を提供するサービス業であるという認識が求められます。経営のパートナーとして、対等な立場で敬意を持って接し、共に課題解決に取り組む姿勢が不可欠です。
特性3: 専門家としての職務怠慢(例:申告業務の未実施など)
これは極めて稀なケースかもしれませんが、顧問契約を締結し、顧問料や決算料を収受していながら、税務申告をはじめとする基本的な業務を怠るという事例も報告されています。
このような事態は、経営者側が専門家に対して過度な信頼を寄せ、業務の進捗状況や成果物の確認を怠った結果として起こり得ます。しかし、専門家としての報酬を得ながら、その対価であるべき業務を履行しないことは、職業倫理に著しく反する行為です。
ここまで極端でなくとも、質問への回答が著しく遅い、依頼した業務がなかなか進まない、といった状況は、その税理士の業務遂行能力や誠実さに疑問符が付くサインと捉えるべきです。
特性4: 「税務調査対応」に偏重し、経営の本質を見失う
税務調査への適切な対応は、税理士の重要な役割の一つです。しかし、税理士の関心が税務署の指摘事項回避にのみ集中し、企業経営全体の最適化という視点が欠如している場合、問題が生じることがあります。
例えば、「この程度の処理であれば税務署も問題視しない」といった、経営実態や会計原則を軽視したアドバイスが行われることがあります。さらに深刻なケースでは、会計帳簿の基本的な整合性(例えば、複式簿記における貸借の一致)が取れていないなど、専門家として到底看過できない誤りを犯しながら、「税務署はそこまで細かく見ない」と開き直るような事例も耳にします。税務署の目を気にすることも大切ですが、それ以上に、自社の経営状況を正確に把握し、適切な意思決定を行うための会計処理の正確性が優先されるべきです。
特性5: 経営者の新たな挑戦や変化を頭ごなしに否定する姿勢
経営環境が目まぐるしく変化する現代において、企業が成長し続けるためには、新たな事業への挑戦や既存事業の変革が不可欠です。しかし、経営者がこうした前向きな相談をした際に、リスクを過度に強調し、最初から否定的な意見ばかりを述べる税理士もいます。
このような態度は、一見すると慎重な助言のようにも聞こえますが、実際には変化を嫌い、現状維持を望む専門家側の保身である可能性も否定できません。経営者の挑戦をサポートし、潜在的なリスクを指摘しつつも、実現可能性を探るための建設的な議論ができる税理士こそが、真のパートナーとなり得るのです。
これらの特性以外にも、注意すべき税理士のサインは多岐にわたります。経営者は、自社の状況と照らし合わせながら、現在の税理士との関係性が健全であるか、定期的に見直すことが肝要です。
事業の成長を加速させる、理想的な税理士パートナーシップとは
では、企業経営者はどのような視点で税理士を選び、どのような関係性を構築していくべきなのでしょうか。事業の持続的な成長と発展に貢献する、理想的な税理士の条件について考察します。
1. 経営者の「計数管理能力」向上を支援し、共に成長する姿勢
最も重要なのは、経営者自身が財務諸表を理解し、計数に基づいた経営判断ができるように導いてくれる税理士であることです。専門用語を分かりやすく解説し、月次の業績報告を通じて経営状況の良し悪しや課題点を共有し、具体的な改善策を共に考える。このような対話を通じて、経営者のリテラシーは向上し、より精度の高い意思決定が可能になります。
また、将来の事業計画や予算策定を積極的にサポートしてくれる税理士は、非常に心強い存在です。明確な目標設定から、それを達成するための具体的なアクションプランの策定まで、経営者と二人三脚で取り組むことで、計画の実現可能性は飛躍的に高まります。
2. 企業の「ビジョン・目標」を深く共有し、達成に向けて伴走する献身性
税理士に求められる役割は、単なる事務処理の代行や節税アドバイスに留まりません。真に価値のあるパートナーシップとは、経営者が抱く企業の将来像や事業目標を深く理解・共感し、その達成に向けて専門的な知見を最大限に活用して伴走してくれる関係です。
そのためには、経営者が自社のビジョンや経営戦略について、積極的に税理士とコミュニケーションを取ることが不可欠です。目標達成の過程で生じる様々な課題に対し、税理士が客観的なデータと専門知識に基づいて的確な助言を行い、時には経営者が気づかない視点を提供してくれることで、企業はより確かな足取りで成長軌道に乗ることができます。目標から逸脱しそうになった際には、適切な軌道修正を促してくれるような、信頼に基づいた厳しいフィードバックも時には必要となるでしょう。
経営者自身に求められる主体性と最終的な責任
これまで、税理士選びの重要性や、望ましいパートナーシップのあり方について述べてきました。しかし、最も根幹にあるのは、経営者自身の主体的な姿勢と、最終的な経営責任は全て経営者自身にあるという自覚です。
どのような税理士と契約し、どのような関係を築くかは、経営者の判断と選択にかかっています。「税理士の助言が悪かったから経営が傾いた」と他責にしても、事態は好転しません。自社の経営課題は何か、どのようなサポートを税理士に期待するのかを明確にし、そのニーズに応えてくれる専門家を自らの責任において選定することが、経営者の重要な責務の一つです。
優れた税理士は、経営者を数字のプレッシャーから解放するのではなく、数字を味方につけて経営を力強く推進するための知恵と勇気を与えてくれます。そのようなパートナーとの出会いは、企業の未来を大きく左右する可能性を秘めているのです。
まとめ:能動的な関与で築く、最強の税理士パートナーシップ
税理士との関わり方における潜在的なリスクと、事業成長を促進する理想的なパートナーシップについて、多角的に考察してまいりました。
「税理士に任せておけば万事問題ない」という受動的な姿勢から脱却し、経営者自身が主体的に税理士と連携し、共に事業を成長させていくという能動的な意識を持つことが、これからの時代には一層求められます。
警戒すべき税理士の主な特性の再確認
- 短期的な税金削減に固執し、企業の財務基盤を脆弱にする提案を行う。
- 赤字経営を問題視しない、あるいは経営者に対して不遜な態度を取る。
- 専門家としての基本的な職務を遂行しない、または著しく遅延する。
- 税務調査対策のみに注力し、経営全体の最適化を考慮しない。
- 経営者の新たな取り組みや変化に対して、建設的でなく否定的な姿勢を取る。
選ぶべき理想的な税理士の主な特性の再確認
- 経営者の会計・財務リテラシー向上を積極的に支援し、共に学ぶ姿勢を持つ。
- 企業のビジョンや中長期的な目標を深く共有し、その達成に向けて献身的に伴走する。
この記事が、経営者の皆様にとって、より良い税理士との関係構築、ひいては事業の持続的な発展に向けた一助となれば幸いです。最適な専門家との強固なパートナーシップを築き、輝かしい事業の未来を切り拓かれることを心より願っております。