「今期は赤字になりそうだ…どうしよう…」
「赤字決算なんて、銀行や取引先にどう思われるか…」
会社の経営者であれば、「赤字」という言葉の響きに、ネガティブなイメージや、一抹の恐怖を感じるのは当然のことかもしれません。「黒字こそが正義であり、赤字は経営の失敗である」——私たちは、そう教えられてきました。
しかし、もし、その 「赤字」が、あなたの会社の未来を救い、10年後、20年後の持続的な成長を支えるための、極めて強力な「経営戦略」になり得る としたら、あなたはどう思いますか?
驚かれるかもしれませんが、日本の法人企業のうち、実に60~70%が赤字申告をしているというデータがあります。つまり、大多数の企業は赤字でも、事業を継続し、成長しているのです。
なぜ、赤字でも会社は潰れないのか。
そして、なぜ、賢い経営者は、赤字をただ恐れるのではなく、戦略的に活用しようとするのか。
この記事では、「赤字=悪」という固定観念を覆し、「赤字」を経営の武器に変えるための、戦略的思考を徹底的に解説します。法人税をゼロにし、過去に払った税金まで取り戻し、将来の事業承継問題まで解決に導く、「戦略的赤字経営」の驚くべきメリットと、その実践法を深く掘り下げていきます。
第1章:なぜ日本の企業の7割は「赤字」でも潰れないのか?~「利益」と「現金」の決定的な違い~
まず、大前提として、「会計上の赤字」と「会社の倒産」は、イコールではありません。
会社が倒産する唯一の理由は、「支払いに必要なお金(キャッシュ)がなくなること」、つまり資金繰りの破綻です。
極端な話、決算書上はどれだけ大きな黒字が出ていても、手元に現金がなければ、会社は黒字倒産します。逆に、決算書が赤字でも、銀行口座に十分な現金があれば、会社はびくともしません。
日本の企業の6~7割が赤字申告でも存続できているのは、経営者が「会計上の利益」という数字の増減に一喜一憂するのではなく、 「手元のキャッシュをいかに確保し、管理するか」 という、資金繰りの本質を理解しているからです。
もちろん、慢性的な赤字は経営不振の証であり、いずれは倒産に至ります。しかし、この記事で提唱するのは、そのような経営不振ではなく、 会社の未来のために、意図的に、そして計画的に赤字をコントロールする「戦略的赤字」 という考え方です。
第2章:【税金対策】戦略的赤字がもたらす4つの絶大な税制メリット
戦略的赤字経営がもたらす最も直接的で、強力なメリットは、 「税負担の劇的な軽減」 です。国が法律で認めている4つの大きな税制優遇を見ていきましょう。
メリット①:法人税・事業税が「ゼロ」になる
これは最もシンプルなメリットです。
法人税や法人事業税は、会社の「利益(所得)」に対して課税されます。したがって、決算が赤字であれば、これらの税金は原則として1円もかかりません。
ただし、注意点として、会社が存在するだけで課される 「法人住民税の均等割」 だけは、たとえ赤字であっても、年間で約7万円程度、必ず支払う必要があります。
また、期中に「予定納税」として法人税を前払いしている場合、最終的に決算が赤字になれば、支払った予定納税額は全額還付されます。これは、資金繰りが厳しい時のキャッシュフロー改善に繋がる、大きなメリットです。
メリット②:「欠損金の繰越控除」で将来の税金を消滅させる
これが、戦略的赤字経営における、最強の武器の一つです。
青色申告をしている法人は、その年に生じた赤字(欠損金)を、最大10年間、将来に繰り越すことができます。そして、将来、利益が出た際に、繰り越した赤字と相殺することができるのです。
【具体例でシミュレーション】
- 1年目: 300万円の赤字(欠損金)が発生。
→ 法人税はゼロ。300万円の赤字を繰り越す。 - 2年目: 500万円の黒字(利益)が発生。
→ このままでは500万円の利益に課税されてしまいますが、ここで繰り越した赤字を使います。
500万円(利益)- 300万円(繰越欠損金)= 200万円
その結果、課税対象となる利益は、わずか200万円に圧縮されます。
もし、この制度がなければ、500万円の利益に対して約115万円(税率23%と仮定)の税金がかかるところ、200万円の利益に対して約46万円の税金で済むことになります。その差は、約69万円。
1年目の赤字が、2年目の大きな節税に繋がったのです。
この「欠損金の繰越控除」は、設備投資などで先行投資がかさむ創業期や、業績に波がある企業にとって、経営の安定化に大きく貢献する、極めて重要な制度です。
メリット③:「繰戻し還付」で過去に払った税金を取り戻す
「将来の税金を減らすのもいいけど、今すぐキャッシュが欲しい!」
そんな時に使える、もう一つの強力な制度が 「欠損金の繰戻し還付」 です。
これは、前期は黒字で法人税を納め、当期が赤字になった場合に、前期に支払った法人税の一部を、還付金として取り戻せるという制度です。(※中小企業限定の特例)
例えば、
- 前期: 1,000万円の利益が出て、法人税を230万円納めた。
- 当期: 500万円の赤字が出た。
この場合、当期の赤字500万円を、前期の利益1,000万円と相殺することを申請できます。これにより、前期に払い過ぎたと見なされる法人税の一部(このケースでは約115万円)が、税務署から還付されるのです。
これは、急な業績悪化で資金繰りに窮した場合など、緊急時にキャッシュを確保するための、非常に有効な手段となります。
ただし、この制度を利用すると、税務署からの問い合わせや税務調査の対象になりやすい、というデメリットもあるため、利用する際は、専門家である税理士と十分に相談することが賢明です。
メリット④:税務調査のターゲットになりにくい
税務署は、限られた人員で効率的に税収を確保するため、 「調査をすれば、大きな追徴課税が見込める会社」 を優先的に調査対象として選定します。
つまり、毎年大きな黒字を計上している会社こそが、税務調査のメインターゲットなのです。
一方、赤字企業は、そもそも納めるべき税金が発生していないため、税務署から見れば「調査しても旨味がない」相手です。実際に、赤字企業が税務調査を受ける割合は、黒字企業に比べて著しく低いと言われています。
ただし、これはあくまで「真っ当な赤字」の場合です。架空経費の計上や、売上の除外など、意図的に赤字を操作しているような不自然な決算書は、逆に調査官の疑念を招き、徹底的な調査を誘発する原因となります。
第3章:【事業承継対策】計画的赤字で「相続税の壁」を打ち破る
戦略的赤字経営の真価は、目先の税金対策だけではありません。その最も大きな価値は、経営者が引退する際の 「事業承継」 という、会社の最終的な出口戦略において発揮されます。
会社が成長し、利益が純資産として積み上がっていくと、それに伴い自社の株価も高騰していきます。この高騰した株価は、将来、後継者(子供など)に会社を引き継ぐ際に、莫大な相続税・贈与税となって、重くのしかかります。後継者が税金を払えず、事業承継を断念せざるを得ない、という悲劇も少なくありません。
この、中小企業にとって最大の課題である「相続税の壁」を、合法的に、そして劇的に打ち破る手段。それが、 計画的な赤字の創出による「株価の引き下げ」 です。
なぜ赤字で株価が下がるのか?
非上場会社の株価は、その会社の 「純資産額(資産-負債)」 に大きく連動しています。
赤字を計上すると、その分、会社の純資産は減少します。つまり、赤字を出す = 純資産が減る = 株価が下がる、というロジックが成り立つのす。
最強の株価対策「役員退職金」の活用
では、どうやって計画的に、そして効果的に赤字を作り出すのでしょうか。
その最も有効な手法が、経営者の退職時に、多額の「役員退職金」を支給することです。
役員退職金は、税法上、 全額を会社の経費(損金) として計上することができます。
例えば、会社の純資産が1億円積み上がっている状態で、経営者が退職し、会社から1億円の役員退職金を受け取ったとします。
すると、会社はその期に1億円の特別損失を計上し、大きな赤字となります。その結果、会社の純資産はほぼゼロになり、株価も限りなくゼロに近い状態まで引き下げることが可能です。
これにより、後継者は、ほとんど税負担なく、会社の株式をスムーズに引き継ぐことができるのです。
これは、ただの赤字ではありません。会社の利益を、税制上最も優遇された「退職所得」という形で、経営者個人に合法的に移転させつつ、将来の相続税問題を一挙に解決する、究極の事業承継戦略なのです。
第4章:赤字企業こそ活用すべき「公的支援制度」という命綱
「赤字=悪」というイメージとは裏腹に、行政は、経営が厳しい状況にある企業を手厚く支援するための、様々な制度を用意しています。赤字であること、業績が悪化していることが、逆にこれらの支援を受けるための「条件」となるのです。
- 赤字企業向けの特別融資制度:
日本政策金融公庫の「セーフティネット貸付」など、業況が悪化した企業を対象とした、通常よりも有利な条件の融資制度が存在します。 - 業績悪化を条件とする補助金:
「事業再構築補助金」をはじめとする各種補助金では、売上減少などの要件が設定されていることが多く、赤字企業こそが対象となりやすい場合があります。
コロナ禍のような経済の非常時には、さらに手厚い支援策が打ち出されます。常に最新の情報を収集し、自社が活用できる制度はないか、アンテナを張っておくことが重要です。
第5章:【絶対条件】「戦略的赤字」と「ただの経営不振」を分けるもの
ここまで、赤字経営の多くのメリットを解説してきました。しかし、最後に最も重要なことをお伝えしなければなりません。
それは、「戦略的な赤字」と「計画性のない、ただの経営不振」は、全くの別物であるということです。
赤字を経営の武器として活用するためには、絶対に守らなければならない条件があります。
- 潤沢なキャッシュ(手元資金)を確保していること:
何度でも繰り返しますが、会社を殺すのは赤字ではなく、キャッシュの枯渇です。戦略的に赤字を出すのであれば、それを補って余りあるだけの、十分な現預金を確保していることが大前提です。 - 明確な計画に基づいていること:
「いつ、何のために、どれくらいの赤字を出すのか」という、明確な計画がなければ、それは単なる経営の失敗です。事業承継のタイミング、将来の黒字化計画など、長期的な視点での戦略が不可欠です。 - 銀行との良好な関係を維持していること:
慢性的な赤字は、銀行からの信用を失う原因となります。なぜ今期は赤字なのか、しかし来期以降はこうやって回復させるのか、という合理的な説明を、日頃から銀行と共有し、信頼関係を築いておくことが重要です。
これらの条件を満たさず、ただ赤字を垂れ流す経営は、単なる衰退への道を突き進んでいるにすぎません。
まとめ:赤字は「悪」ではない。経営を最適化する「道具」である。
「赤字経営」と聞くと、多くの経営者は顔をしかめます。しかし、その本質を理解すれば、赤字は、あなたの会社を、目先の税負担、将来の事業承継、そして不測の事態から守るための、極めて強力な「経営の道具」となり得るのです。
- 短期的な視点では、税負担を劇的に軽減し、キャッシュフローを改善する。
- 長期的な視点では、株価をコントロールし、円滑な事業承継を実現する。
赤字を恐れるのではなく、それをいかに戦略的に活用するか。この逆転の発想こそが、これからの時代を生き抜く経営者に求められる、新たな常識なのかもしれません。
ただし、これらの高度な戦略は、税制や補助金制度に関する正確な知識と、緻密な計画なくしては実行できません。自己判断で進めることは、大きなリスクを伴います。
だからこそ、信頼できる税理士という専門家の存在が不可欠になります。あなたの会社の状況を深く理解し、長期的なビジョンを共有し、最適な戦略を共に描いてくれるパートナーを見つけること。それが、赤字という「道具」を、会社の未来を切り拓くための最強の武器に変える、最も確実な方法です。
経験豊富で信頼できる税理士は、あなたの会社の財務戦略を新たな次元へと引き上げてくれるでしょう。ぜひ、様々な税理士紹介サービスなどを活用し、あなたの会社に最適なパートナーを見つけてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。