「自分にもしものことがあった時、家族が揉めずに財産を引き継げるだろうか?」
「相続税って、一体いくらからかかるんだろう?」
「『相続対策』ってよく聞くけど、何から始めればいいのか分からない…」
「相続」は、誰の人生にも必ず訪れる重要なライフイベントです。しかし、その準備について真剣に考えたことがある方は、意外と少ないのではないでしょうか。
多くの方が心配するのは「相続税」というお金の問題かもしれません。しかし、数多くの相続案件に携わってきた専門家の視点から見ると、 税金の問題以上に深刻で、そして悲惨なのが、残された家族の間で起こる財産の奪い合い、いわゆる「争続(そうぞく)」 です。
お金をめぐる争いは、時に長年築き上げてきた兄弟の縁さえも、いとも簡単に断ち切ってしまいます。そんな悲劇を生まないために、私たちは何を知り、何を準備しておくべきなのでしょうか。
この記事では、あなたの家族を「争続」から守り、円満な相続を実現するために不可欠な知識を、 「相続の基本ルール」「争続を回避するための遺言書の重要性」、そして「相続税の基礎知識」 という3つの柱で、徹底的に、そして分かりやすく解説します。
この記事を最後までお読みいただくことで、あなたは以下の知識と具体的なアクションプランを手に入れることができます。
- 誰がどれだけ財産を受け取る権利があるのか、法律で定められた「法定相続人」と「法定相続分」のルールがわかります。
- 相続税がかかるのは、実はごく一部の人だけであるという事実と、その具体的な非課税枠の計算方法を学べます。
- 相続トラブルの典型的なパターンと、それを防ぐための最強の武器である「遺言書」の絶大な効果を理解できます。
- なぜ「自筆証書遺言」ではなく「公正証書遺言」を作成すべきなのか、その決定的な理由を知ることができます。
- 経営者が特に注意すべき「自社株」の相続問題と、その対策の重要性がわかります。
- 「アパート建設による相続税対策」という甘い誘いに潜む、大きなリスクを理解できます。
相続対策は、決して「お金持ちだけの問題」ではありません。財産の多い少ないにかかわらず、愛する家族に無用な争いを残さないために、すべての人が知っておくべき「思いやり」の形です。この記事が、あなたの、そしてあなたの家族の未来を守るための一助となれば幸いです。
相続税は9割の人に関係ない?まずは基本の「非課税枠」を知ろう
「相続」と聞くと、すぐに「相続税」を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実は、 亡くなった方の中で、相続税の申告が必要になるほどの財産を持っているのは、全体の約9% に過ぎません。つまり、残りの91%の方々は、相続税とは無縁なのです。
なぜなら、相続税には 「基礎控除」 という、非常に大きな非課税枠が設けられているからです。
【相続税の基礎控除額の計算式】
基礎控除額 = 3,000万円 +(600万円 × 法定相続人の数)
この計算式で算出した金額以下の財産であれば、相続税は一切かかりません。
例えば、亡くなったお父さんに、配偶者(お母さん)と子供2人がいる場合を考えてみましょう。
- 法定相続人の数:お母さん、子供A、子供B の3人
- 基礎控除額:3,000万円 +(600万円 × 3人) = 4,800万円
この場合、お父さんの遺産(預貯金、不動産、有価証券など)から借金などを差し引いた正味の財産が4,800万円以下であれば、相続税の申告も納税も一切不要、ということになります。
まずは、この大きな非課ワーフが存在することを理解し、いたずらに相続税を恐れる必要はない、ということを知っておきましょう。
誰が財産を受け取る権利がある?「法定相続人」と「相続分」のルール
では、遺された財産は、誰が、どれくらいの割合で受け取ることになるのでしょうか。これには、民法で 「法定相続人」と「法定相続分」 という明確なルールが定められています。
「法定相続人」になる人、なれない人(相続の優先順位)
法定相続人には、優先順位があります。
- 常に相続人:配偶者(夫または妻)
- 配偶者は、常に法定相続人となります。
- 第1順位:子(子が亡くなっている場合は孫)
- 子がいれば、子が相続人になります。親や兄弟は相続人にはなれません。
- 第2順位:直系尊属(父母、祖父母など)
- 子や孫がいない場合に限り、父母が相続人になります。
- 第3順位:兄弟姉妹(兄弟姉妹が亡くなっている場合はその子)
- 子や孫も、父母や祖父母もいない場合に、初めて兄弟姉妹が相続人になります。
ここで重要なのは、 「下の世代が優先される」 という原則です。子供がいるのに、親や兄弟が相続人になることはありません。
また、よくある誤解として、
- 子供の配偶者(息子の嫁、娘の婿など):血の繋がりがないため、法定相続人にはなれません。
- 嫁いだ娘:戸籍が変わり、名字が変わっても、実の親との親子関係は消えません。当然、法定相続人としての権利はそのままです。
という点も、正しく理解しておきましょう。
「法定相続分」:法律で定められた取り分の目安
遺言書がない場合、遺された財産は法定相続人が話し合い(遺産分割協議)で分け方を決めますが、その際の目安となるのが「法定相続分」です。
- 配偶者と子(第1順位)が相続人の場合
- 配偶者:1/2
- 子:1/2(子供が複数いる場合は、この1/2を人数で均等に分けます)
- 例)子2人なら、それぞれ1/4ずつ。
- 配偶者と親(第2順位)が相続人の場合
- 配偶者:2/3
- 親:1/3
- 配偶者と兄弟姉妹(第3順位)が相続人の場合
- 配偶者:3/4
- 兄弟姉妹:1/4
この法定相続分は、あくまで法律が定めた「目安」です。しかし、このルールが、時として家族の間に深刻な亀裂を生む原因となるのです。
税金より怖い「争続」は、なぜ起こるのか?
法律で分け方が決まっているなら、揉めようがないのでは?と思うかもしれません。しかし、現実はそう単純ではありません。「争続」が起こる典型的なパターンを見ていきましょう。
【典型的なトラブル事例】
- 亡くなったお父さんには、妻(母)と、長男、次男の2人の子供がいる。
- 長男夫婦は、親の近くに住み、長年、身の回りの世話や介護を献身的に行ってきた。
- 一方、次男は遠方に住み、実家にはお盆と正月に顔を出す程度で、親の面倒はほとんど見てこなかった。
お父さんが亡くなり、遺言書もなかった場合、法律上の権利はどうなるでしょうか。
母が1/2、そして長男と次男は、介護への貢献度に関係なく、それぞれ1/4ずつの財産を受け取る権利を主張できます。
長年、音信不通だった次男が、葬儀の席で久しぶりに顔を見せ、「法律で認められているのだから、財産の4分の1はきっちり貰っていくよ」と言い放ったとしたら…長男夫婦は、到底納得できないでしょう。
「親の面倒をずっと見てきたのは私たちなのに、なぜ何もしなかった弟と同じだけ財産をもらうんだ!」
この感情的なしこりが、話し合いでの解決を困難にし、やがては裁判へと発展し、兄弟の縁を完全に断ち切ってしまうのです。
「争続」を回避する最強の武器、それが「遺言書」
このような悲劇を防ぐために、私たちができる最も確実で、そして最も重要な対策が 「遺言書」を作成しておくこと です。
遺言書は、法定相続のルールよりも優先されます。つまり、遺言書に「誰に、どの財産を、どれだけ渡すか」を明確に記しておくことで、自分の意思で財産の分け方を指定することができるのです。
先ほどの例で言えば、お父さんが生前に、「私の財産は、長年面倒を見てくれた妻と長男にすべて相続させる」という遺言書を書いておけば、次男が後から口を挟むことは、原則としてできなくなります。
遺言書は、残された家族が路頭に迷わないための「道しるべ」であり、あなたの最後の「想い」を伝えるための、何よりのメッセージなのです。
※ただし、遺言書で財産を全くもらえなかった相続人にも、最低限の取り分を請求できる「遺留分」という権利があります。遺言書を作成する際は、この遺留分にも配慮しないと、かえって新たなトラブルの火種になる可能性があるため、注意が必要です。
遺言書は「公正証書遺言」一択!自筆の遺言書が危険な理由
遺言書には、自分で手書きする「自筆証書遺言」と、公証役場で作成する「公正証書遺言」の2種類があります。手軽に作成できるのは自筆証書遺言ですが、 専門家が強く推奨するのは「公正証書遺言」 です。
なぜなら、自筆証書遺言には、致命的なリスクが潜んでいるからです。
想像してみてください。先ほどの例で、お父さんが「財産は妻と長男に」という自筆の遺言書を書き、仏壇の引き出しにしまっていたとします。
お父さんの死後、その遺言書を最初に発見したのが、もし次男だったら…?
自分に不利益な内容が書かれた遺言書を見て、次男がそれを破り捨てたり、隠してしまったりする可能性は、決してゼロではありません。遺言書がこの世から抹消されてしまえば、結局は法定相続のルールに従って、次男も4分の1の権利を主張できてしまうのです。
一方で、 「公正証-書遺言」は、公証人という法律のプロが作成に関与し、その原本が公証役場という国の機関で厳重に保管されます。 そのため、
- 偽造や変造、隠匿のリスクが一切ない。
- 法律的な要件を満たしているため、後から無効になる心配がない。
という、絶大な信頼性と安全性があります。費用はかかりますが、残された家族の未来を守るための「保険」だと考えれば、決して高い投資ではありません。
相続対策を本気で考えるなら、遺言書は「公正証書遺言」で作成する。これは絶対のルールとして覚えておいてください。
経営者が特に注意すべき「自社株」と「アパート建設」の罠
最後に、特に会社の経営者が陥りがちな、2つの相続対策の罠について解説します。
罠①:遺言書なき「自社株」の相続
経営者にとって、相続財産の大部分を占めるのが「自社株」です。この自社株の承継について、遺言書で明確に指定しておかないと、会社の経営そのものが危機に瀕する可能性があります。
もし遺言書がなければ、会社の株式は、法定相続人全員の共有財産となります。会社の経営に全く関与してこなかった相続人(例:次男や娘)が、議決権を持つ株主となってしまうのです。
そうなると、「私の持っている株を、会社で高く買い取ってくれ!」といった要求を突きつけられ、会社の資金繰りを圧迫したり、重要な経営判断がスムーズに行えなくなったりと、経営に深刻な支障をきたす恐れがあります。
経営者は、 「会社の株式は、後継者である〇〇にすべて相続させる」 という内容の遺言書を、必ず作成しておく必要があります。これは、会社を未来永劫存続させるための、経営者としての最後の、そして最大の責任です.
罠②:「アパート建設による相続税対策」という甘い誘い
現金で1億円を持っていると、相続税評価額はそのまま1億円です。しかし、その1億円でアパートを建てると、土地や建物の評価額は時価よりも低く計算されるため、相続税評価額を半分以下に圧縮できることがあります。
この仕組みを利用し、「相続税対策になりますよ」と、建築会社やハウスメーカーがアパート建設を勧めてくるケースが非常に多いです。
しかし、この提案に安易に乗ってはいけません。
確かに、相続税の額は減るかもしれません。しかし、残された家族は、節税効果と引き換えに、「アパート経営」という非常に重い事業を引き継がなければならなくなるのです。
- そのアパートは、本当に入居者が集まる良い立地にあるのか?
- 空室リスクや家賃滞納、建物の老朽化による修繕など、将来の経営リスクをどうするのか?
多くの場合、残された相続人が欲しいのは、「経営がうまくいくか分からないアパート」ではなく、 「たとえ相続税を払ってでも、自由に使える現金」 です。
良かれと思ってやった相続対策が、かえって家族に大きな負担と揉め事を残す結果になりかねません。相続人のためを思うなら、下手に財産を別のものに変えるより、現金で残してあげるのが一番の思いやり、というケースがほとんどなのです。
まとめ:相続対策は「思いやり」。先延ばしにしない勇気を
今回は、相続税というお金の問題以上に深刻な、「争続」という家族間のトラブルを防ぐための具体的な知識と対策について解説しました。
- 相続税がかかるのはごく一部。それよりも「争続」の対策が重要です。
- 法定相続のルールは、時に家族の感情的なしこりを生み、深刻なトラブルの原因となります。
- 家族間の争いを防ぐ最強の武器は、あなたの意思を明確に示す「遺言書」です。
- 遺言書は、偽造や隠匿のリスクがない「公正証書遺言」で作成するのが鉄則です。
- 経営者は、会社の未来を守るために、自社株の承継先を遺言書で必ず指定しましょう。
- 安易な不動産投資による相続対策は、かえって家族に負担をかけるリスクがあります。
相続対策は、いつかやればいい、とつい後回しにしてしまいがちなテーマです。しかし、人の命に「いつか」はありません。ある日突然、準備をする時間が永遠に失われてしまう可能性だってあるのです。
「自分はまだ若いから大丈夫」と思わず、元気なうちに、そして判断力が確かなうちに、準備を始めることが何よりも大切です。遺言書は、一度作っても、状況の変化に合わせて何度でも書き換えることができます。
まずは、「自分は何歳になったら遺言書を作る」と、家族に宣言することから始めてみてはいかがでしょうか。その宣言が、あなたの愛する家族を未来の争いから守るための、確かな第一歩となるはずです。
最後までお読みいただくありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。