「社員の給料、一体どんな基準で決めればいいのだろう?」
「勤続年数が長いだけで、成果を出していない社員の給料が高い…」
「若手のがんばりを、どうすれば給与に反映してモチベーションを上げられるだろうか?」
会社の経営者や人事担当者の方であれば、社員の給与をどう決めるかという問題に、一度は頭を悩ませたことがあるのではないでしょうか。給与は、社員の生活を支えるだけでなく、仕事へのモチベーションを大きく左右する重要な要素です。しかし、その決め方には絶対的な正解がなく、多くの企業が試行錯誤を繰り返しているのが実情です。
もし、給与の決め方を間違えれば、社員の不満が募り、優秀な人材が流出してしまうかもしれません。逆に、会社の財務状況を無視して給与を払いすぎれば、会社の資金繰りを圧迫し、経営そのものが危うくなる可能性もあります。
では、どうすれば会社の財務と社員の納得感を両立できる、最適な給与制度を構築できるのでしょうか?
この記事では、多くの企業の財務を見てきた専門家の視点から、会社の「生産性」と社員の「給料」を科学的に連動させるための具体的な考え方と手法を徹底的に解説します。
この記事を最後までお読みいただくことで、あなたは以下の知識を手に入れることができます。
- 旧来の年功序列制度がなぜ現代に通用しないのか、その理由が分かります。
- 社員一人ひとりの生産性を測る絶対基準「給料の3倍の粗利益」の法則を理解できます。
- 会社の利益構造を健全に保つ「労働分配率」という経営指標を学べます。
- 柔軟な給与調整を可能にする「決算賞与」の効果的な活用法が分かります。
- 社員の納得感を高め、成長を促すための具体的な評価・面談の仕組みが分かります。
給与は単なるコストではありません。会社の未来を創るための「投資」です。この記事を通じて、あなたの会社をさらに成長させるための、強固でしなやかな給与制度設計のヒントを見つけてください。
時代は変わった!年功序列・学歴主義という「旧時代の給与制度」の限界
まず、なぜ従来の給与制度では立ち行かなくなっているのか、その背景から整理しましょう。
かつての日本では、「年功序列」が給与制度の基本でした。これは、勤続年数が長くなるにつれて、自動的に給与が上がっていく仕組みです。この制度には、「将来の生活設計が立てやすい」「会社への帰属意識が高まる」といったメリットがありました。実際に、ある製造業の会社では、徹底した年功序列制度を敷くことで社員満足度を極限まで高め、親子2代で同じ会社に勤めるほどの安定した組織文化を築き上げた例もあります。
この制度が機能した背景には、「人の経験そのものに価値がある」という考え方がありました。長く生きている分、多くの経験を積んでおり、それが仕事や後進の育成に活かされる、というわけです。
しかし、このモデルは、変化の激しい現代においては多くの課題を抱えています。若くて優秀な社員がどれだけ大きな成果を上げても、給与は年齢の壁に阻まれてしまいます。これでは「がんばっても報われない」と感じ、モチベーションが低下するのは当然です。結果として、成長意欲の高い人材ほど、正当な評価を求めて会社を去ってしまうリスクが高まります。
同様に、「学歴」で初任給を決めるという慣習も、もはや時代遅れと言えるでしょう。もちろん、高い学歴を持つ人の中に優秀な人材が多い傾向は否定できません。しかし、ビジネスの世界で本当に重要なのは「学歴」ではなく、会社に利益をもたらす「成果」です。学歴という過去の実績だけで給与が決まってしまっては、実践的なスキルや意欲を持つ人材の価値を見誤ることになります。
もはや、年齢や学歴といった画一的な物差しで給与を決める時代は終わりました。これからの時代に求められるのは、個人の「成果」や会社への「貢献度」に応じて、公正に給与を分配する仕組みなのです。
採用時の給与設定で失敗しないための3つの重要ポイント
新しい社員を迎える「採用」の場面は、給与設定の最初の関門です。ここでミスマッチが起こると、後々のトラブルの原因になりかねません。優秀な人材を惹きつけ、入社後の活躍を促すために、以下の3つのポイントを意識しましょう。
ポイント1:前職給与の保証は「最低ライン」と心得る
現代は、多くの業界で深刻な人手不足に陥っており、優秀な人材の獲得競争は激化しています。そんな中で、転職希望者が新しい職場を選ぶ際に最も重視する項目の一つが「給与」です。
転職によって給与が下がってしまうのであれば、よほどの理由がない限り、応募者は魅力を感じません。したがって、採用時の給与提示において、前職の給与を保証することは、もはや交渉のスタートラインと考えるべきです。
むしろ、優秀な人材を確保するためには、「前職給与よりも少し上の金額」を提示するくらいの積極性が求められます。賃上げが社会的な潮流となっている今、魅力的な給与条件を提示できなければ、採用競争で勝ち残ることは難しくなっています。
ポイント2:応募者の「目標年収」を必ずヒアリングする
面接の際に、ぜひ応募者に直接聞いてみてほしい質問があります。それは、 「あなたは何歳までに、年収いくらを目指していますか?」 という質問です。
この質問をすることで、応募者の仕事に対する価値観や成長意欲を推し量ることができます。
- 明確な目標を語れる人:成長意欲が高く、キャリアプランを真剣に考えている可能性が高いです。その目標が、会社の成長スピードや提供できるポジションと合致するかどうかを判断する材料になります。
- 「給与にはこだわりません」という人:安定志向で、ワークライフバランスを重視しているタイプかもしれません。そうした人材には、過度なプレッシャーのかからない、着実にこなせる仕事が向いている可能性があります。
例えば、「1年で年収1500万円に到達したい」という野心的な目標を掲げる応募者がいたとします。その目標は無謀に見えるかもしれませんが、それだけの意欲があるということです。会社として、その目標達成をサポートできる環境や仕事を提供できるか、そのポテンシャルがあるかを見極めることで、採用後のミスマッチを防ぐことができます。
ポイント3:会社の成長プランと個人の目標をすり合わせる
応募者の目標を聞いた上で、会社の事業計画や成長プランと、その個人の目標がマッチするかを慎重に判断することが不可欠です。
例えば、会社が提供できるキャリアパスの上限が年収800万円であるにもかかわらず、年収2000万円を目指す人材を採用してしまえば、いずれ双方にとって不幸な結果を招きます。
面接は、会社が応募者を選ぶ場であると同時に、応募者が会社を選ぶ場でもあります。お互いの「ありたい姿」を率直に話し合い、お互いのプランが合致するかどうかをすり合わせることで、入社後のエンゲージメントを高め、長期的な活躍へと繋げることができるのです。
社員の給料を決める絶対基準「給料の3倍の粗利益」の法則
さて、ここからが本題です。社員の給与を成果と連動させる上で、最も重要となる経営指標をご紹介します。それは、 「社員は、自身の給料の最低3倍の粗利益(あらりえき)を生み出さなければならない」 という法則です。
もし、この基準をクリアできていない社員がいれば、その社員は会社にとって「赤字社員」である、ということになります。非常にシビアな考え方ですが、会社の存続と成長のためには、この基準を全社員が理解することが不可欠です。
なぜ「3倍」もの粗利益が必要なのか?会社の利益構造から解説
まず、「粗利益」とは何かを正確に理解しましょう。
- 粗利益(売上総利益) = 売上高 − 売上原価
製造業であれば「材料費」、小売業であれば「仕入費」が売上原価にあたります。コンサルティング業やサービス業のように、明確な原価がない業種の場合は、「売上高≒粗利益」と考えることができます。この粗利益こそが、会社が自由に使える利益の源泉です。
では、なぜその3倍が必要なのでしょうか。それは、会社が生み出した粗利益が、おおむね以下の3つに分配されるからです。
- 労働分配(人件費):社員の給料や賞与、社会保険料など。
- その他の経費:家賃、水道光熱費、広告宣伝費、消耗品費など。
- 会社の利益:税金の支払い、将来への投資、内部留保など。
非常にざっくりとしたモデルですが、多くの健全な中小企業では、この3つの分配比率が 「1:1:1」 に近いバランスになっています。
つまり、社員が稼いだ粗利益のうち、3分の1がその社員の人件費となり、3分の1が会社の運営に必要な経費となり、そして残りの3分の1が会社の利益として残る、という構造です。
この構造を理解すれば、「給料の3倍」の意味が見えてきます。社員が自身の給料の3倍の粗利益を稼いで、初めて会社は他の経費を支払い、かつ将来のための利益を確保することができるのです。
シミュレーションで理解する「3倍の法則」
具体的な数字で考えてみましょう。
- 年収500万円の社員の場合
→ 500万円 × 3倍 = 1,500万円 の年間粗利益を生み出す必要があります。 - 年収1,000万円の社員の場合
→ 1,000万円 × 3倍 = 3,000万円 の年間粗利益を生み出す必要があります。
この基準に達していない場合、その社員は自身の給料分を稼げていないどころか、会社の利益を食いつぶしている「赤字社員」ということになってしまいます。経営者はもちろん、社員自身もこの数字を意識することで、「自分は会社にどれだけ貢献できているのか」を客観的に把握することができます。
注意!「人件費」は給料だけではない
ここで一つ、重要な注意点があります。会社が社員一人のために支払っている「人件費」は、本人が受け取る給料だけではありません。
給料以外に、会社は以下のような費用を負担しています。
- 社会保険料の会社負担分:健康保険、厚生年金、雇用保険など。おおむね給料の15%程度を会社が追加で負担しています。
- 福利厚生費:健康診断費用、社員旅行、懇親会費用、制服代など。
- その他:退職金の積立など。
これらの費用を含めると、会社が実際に負担している人件費は、社員の給料額面の1.2倍から1.5倍になると言われています。
先ほどの「給料の3倍」という基準は、あくまで最低ラインです。これらの間接的な人件費まで考慮すると、実際には給料の4倍、5倍の粗利益を稼いで、ようやく会社にとって「優秀な社員」と評価されるレベルになるのです。
健全経営の指標「労働分配率」を常に意識する
この「粗利益」と「人件費」の関係性を測るための重要な経営指標が 「労働分配率」 です。
- 労働分配率 = 人件費 ÷ 粗利益 × 100
この比率は、会社が生み出した付加価値(粗利益)のうち、どれだけを人件費として分配したかを示します。業種によって差はありますが、一般的に、この労働分配率は40%〜50%の間に収めるのが健全な経営の目安とされています。
先ほどの「1:1:1」のモデルで考えてみましょう。粗利益の1/3を人件費に充てると、労働分配率は約33%です。ここに社会保険料などの間接費が加わると、ちょうど40%~45%程度に着地します。
もし労働分配率が60%、70%と高くなりすぎると、会社の経費を支払うと利益がほとんど残らなくなってしまいます。これでは、新しい設備投資や人材育成、事業開発といった未来への投資ができなくなり、会社の成長は止まってしまうでしょう。
経営者は、常にこの労働分配率をモニタリングし、人件費が過度な負担になっていないかを確認する必要があります。
柔軟で効果的な給与調整を実現する「決算賞与」というパワフルな選択肢
「給料の3倍の法則」を基準にしつつ、個人の成果を柔軟に給与へ反映させるための強力なツールが 「決算賞与」 です。
多くの企業では、夏と冬に「基本給の〇ヶ月分」といった形で固定的な賞与を支給しています。しかし、この方法には、会社の業績が悪化したときでも支払わなければならないリスクや、個々人の成果を反映しにくいというデメリットがあります。
そこでおすすめしたいのが、毎月の給与は安定的に支払い、年間の成果に対する還元は、期末に「決算賞与」として一括で支給するという方法です。
決算賞与には、主に3つの大きなメリットがあります。
- 会社の業績に連動させられる:その期の最終的な利益が確定してから支給額を決めるため、利益が出ていないのに賞与を払って資金繰りを悪化させるというリスクがありません。
- 個人の成果をダイレクトに還元できる:1年間の貢献度を評価し、それに応じた金額を賞与として支給することで、社員の頑張りに報いることができます。これは社員のモチベーションを大きく向上させます。
- 決算対策(利益の調整)として活用できる:予想以上に利益が出た場合に、決算賞与として社員に還元することで、会社の利益を圧縮し、法人税の負担を軽減する効果もあります。
例えば、年間の給与・賞与の総額を「その社員が生み出した粗利益の1/3」と設定します。そして、毎月の給与ではその一部を支払い、1年間の貢献度を評価した上で、残りの差額を決算賞与として支払うのです。この方法なら、会社の財務の安定と、社員への公正な利益還元を両立させることができます。
納得感のある評価制度を運用するためのコミュニケーション術
どんなに優れた給与制度を作っても、その評価プロセスが不透明であれば、社員は不満を抱きます。社員の納得感を高めるためには、評価の「中身」と「伝え方」が極めて重要です。
「成果」の認識ズレを防ぐための1on1ミーティング
「自分はこんなに頑張ったのに、正当に評価されていない」
「会社が自分に何を期待しているのか分からない」
こうした社員と会社の認識のズレは、評価への不満の最大の原因です。このズレを防ぐために非常に効果的なのが、上司と部下による定期的な 「1on1ミーティング」 です。
月に1回、30分でも構いません。面談の場を設け、以下のような対話を行います。
- 目標の共有:今期の目標や、会社がその社員に期待している役割を改めて確認します。
- 進捗の確認:目標に対して、現在の進捗状況はどうなっているか、うまくいっていることは何かを共有します。
- 課題のヒアリング:仕事を進める上で困っていること、課題に感じていることをヒアリングし、解決策を一緒に考えます。
- フィードバック:会社側から見た現在の評価や、改善してほしい点を具体的に伝えます。
こうした対話を毎月繰り返すことで、評価がブラックボックス化するのを防ぎます。期末になっていきなり評価結果を突きつけるのではなく、日々のコミュニケーションを通じて評価の根拠を共有し続けることが、最終的な評価への納得感を醸成するのです。
中小企業における人事評価制度の注意点
評価制度を構築しようと意気込み、細かすぎるルールを作ってしまう中小企業が散見されます。業務内容をすべて洗い出し、一つひとつに点数をつけ、複雑な計算式で給与を決めるような、精緻な人事評価制度です。
一見すると公平に見えますが、このアプローチは変化の激しい中小企業には向きません。なぜなら、中小企業では、事業内容、サービス、社員の役割などが1年単位で目まぐるしく変わるからです。せっかく時間をかけて作った評価制度も、1年後には陳腐化し、実態にそぐわない「使えないルール」になってしまう可能性が高いのです。
一度決めたルールを変更するのは、社員からの不信感を招く原因にもなります。中小企業においては、複雑な制度を作り込むよりも、「給料3倍の法則」のようなシンプルな原理原則を共有し、あとは1on1ミーティングのような密なコミュニケーションで補う方が、はるかに効果的に機能します。
社員の未来を示す「モデル社員」の作り方と、その重要性
社員が「この会社でがんばり続けよう」と思うためには、自身の将来のキャリアパス、つまり「がんばれば、自分はどこまでいけるのか」が具体的に見える必要があります。
社長やその親族の給料が高いのは、ある意味で当たり前です。一般の社員が本当に見ているのは、 「社長や親族ではない、一般社員として入社した先輩が、どこまでのポジションと給与を手にしているか」 です。
会社のナンバー2や幹部社員の待遇が、その会社で働く全社員の目標の上限値を決めます。
- ナンバー2の年収が600万円の会社:社員は「この会社でトップクラスになっても、年収600万円が限界なのか」と感じるでしょう。
- ナンバー2の年収が2,000万円の会社:社員は「自分も努力と成果次第で、年収2,000万円を目指せるんだ」という夢を持つことができます。
この差は、社員のモチベーションや長期的なキャリア設計に天と地ほどの違いをもたらします。経営者は、自社の利益を確保するだけでなく、社員の目標となるような「モデル社員(幹部)」を育て、その待遇を厚くすることで、組織全体の活力を生み出すことができるのです。
まとめ:給与制度は、会社の未来を創る「投資」である
本日は、社員の給料の決め方について、財務的な視点と社員のモチベーションの視点から多角的に解説しました。最後に、重要なポイントを振り返りましょう。
- 旧時代の基準からの脱却:給与の基準は「年齢」や「学歴」ではなく、会社への貢献度である「成果」にシフトさせることが不可欠です。
- 生産性の絶対基準:社員は「自身の給料の最低3倍の粗利益」を稼ぐ必要がある、という法則を経営者と社員で共有しましょう。
- 労働分配率の意識:粗利益に対する人件費の割合である「労働分配率」を40%~50%に保ち、会社の健全な成長投資の原資を確保しましょう。
- 決算賞与の活用:年間の成果は、会社の業績と連動させやすい「決算賞与」で還元することで、財務の安定と社員のモチベーションを両立できます。
- コミュニケーションの重要性:定期的な1on1ミーティングを通じて評価の認識をすり合わせ、納得感を高めることが制度運用の鍵です。
- モデルの提示:幹部社員の待遇を厚くし、社員が目指すべき具体的なキャリアパスを示すことで、組織全体の活力を高めます。
給与制度の設計は、経営における最も重要で、最も難しい課題の一つです。しかし、今日お伝えした原理原則に基づいて制度を見直し、社員と真摯に向き合うことで、必ず道は開けます。
社員が自らの仕事に誇りを持ち、その成果が正当に評価され、会社の成長と個人の成長がリンクする。そんな好循環を生み出す給与制度こそが、これからの時代を勝ち抜くための最強の武器となるはずです。
まずは自社の労働分配率を確認し、社員一人ひとりがどれだけの粗利益を生み出しているのかを計算することから始めてみてはいかがでしょうか。その数字が、あなたの会社の未来をより良くするための、確かな第一歩となるでしょう。