「経営計画書って、作った方が良いとは聞くけど、なんだか難しそう…」
「どうせ計画通りにはいかないし、作っても意味がないのでは?」
「そもそも、何から手をつければ良いのか分からない…」
多くの経営者が、日々の業務に追われる中で、経営計画書の作成を後回しにしたり、その重要性を十分に認識していなかったりするのが実情です。ある調査によれば、経営計画書を策定している中小企業は、全体の1割にも満たないと言われています。
しかし、経営計画書を作成しないまま会社を経営することは、設計図なしに家を建てる、あるいは地図も羅針盤も持たずに航海に出るようなものです。それは、成り行きに身を任せるだけの「成り行き経営」であり、外部環境の変化や予期せぬトラブルに対応できず、会社の存続を危うくする大きな要因となります。
この記事では、なぜ経営計画書が会社の成長と安定にとって不可欠なのか、その重要性を解き明かし、誰でも実践できる、具体的で実現可能性の高い経営計画書の作り方を、ステップバイステップで分かりやすく徹底的に解説していきます。
なぜ経営計画書は「作っても意味がない」と思われるのか?その誤解を解く
「どうせ計画通りにはいかないから、作っても無駄だ」という意見は、確かにある一面の真実を捉えています。経営環境は常に変化し、計画が100%その通りに進むことは稀でしょう。
しかし、経営計画書の本当の価値は、「計画通りに実行すること」だけにあるのではありません。
経営計画書の真の価値
- 目標と現状の「ギャップ」を明確にする:
- 例えば、「年間売上1億円」という計画を立て、結果が9,000万円だったとします。重要なのは、計画通りに行かなかったと嘆くことではなく、「なぜ目標との間に1,000万円の差が生まれたのか?」を分析し、次の一手(改善策)を考えるための客観的な基準となることです。計画がなければ、この「分析」と「改善」のプロセス自体が生まれません。
- 会社の進むべき「方向性」を示す:
- 経営計画書は、会社のビジョンや目標を言語化・数値化し、経営者自身だけでなく、従業員、金融機関、取引先といった全てのステークホルダーに対して、「この会社は、どこに向かっているのか」という明確な意思を示すための、極めて重要なコミュニケーションツールです。
- 金融機関からの「信用」を高める:
- 銀行が融資審査を行う際に最も知りたいのは、「この会社は、将来にわたって、貸したお金をきちんと返済できるか」ということです。具体的な数値目標と、それを達成するための戦略が示された経営計画書は、会社の将来性と返済能力を証明するための、最強の説得材料となります。
- 「役員報酬」など、重要な経営判断の根拠となる:
- 役員報酬は、原則として期首に一度決めると1年間変更できません。その金額を決定する上で、年間の利益計画がなければ、適切な金額を設定することは不可能です。経営計画は、このような重要な意思決定の「根拠」となります。
計画通りにいかないからこそ、計画を立てる意味があるのです。計画という「基準」があるからこそ、現状との差を認識し、軌道修正し、成長していくことができるのです。
経営計画書作成のファーストステップ:「ビジョン」を定める
具体的な数値計画に入る前に、まず最も重要なことがあります。それは、「この会社を通じて、何を成し遂げたいのか」という、経営者自身の「ビジョン」を明確に定めることです。
- ビジョンとは、会社の「目的地」であり「存在意義」です。
- どのような社会貢献をしたいのか?
- どのような顧客に、どのような価値を提供したいのか?
- 従業員にとって、どのような会社でありたいのか?
- 5年後、10年後、会社はどのような姿になっているべきか?
- このビジョンが、困難な状況に直面した際の精神的な支柱となり、組織全体を一つの方向にまとめる求心力となります。
- ビジョンが決まれば、それを実現するための「手段」(必要な事業、人材、資金、設備など)が具体的に見えてきます。そして、その手段を確保するための「予算(コスト)」を算出し、計画書に落とし込んでいくのです。
経営計画書の作成は、単なる数字遊びではありません。それは、経営者自身の夢や想いを、実現可能な形に翻訳していく、創造的なプロセスなのです。
###【実践編】損益計算書(P/L)から作る、経営計画書の数値計画
ビジョンが固まったら、具体的な数値計画の策定に入ります。様々なアプローチがありますが、ここでは多くの経営者にとって馴染み深く、分かりやすい 「損益計算書(P/L)」 をベースにした、経営計画書の作り方を解説します。
ステップ1:前期の実績を正確に把握する
まず、計画を立てるための土台として、前期の決算書(P/L)の数値を正確に転記し、現状を把握します。
【前期実績(例)】
勘定科目 | 金額(万円) | 売上高比 |
売上高 | 10,000 | 100.0% |
- 売上原価(変動費) | 6,000 | 60.0% |
= 売上総利益(粗利) | 4,000 | 40.0% |
- 販管費(固定費) | 3,500 | 35.0% |
= 経常利益 | 500 | 5.0% |
この会社は、売上原価率60%、粗利率40%、そして年間3,500万円の固定費がかかっており、結果として500万円の経常利益が出ている、ということが分かります。
ステップ2:「利益」から逆算する?「売上」から積み上げる?
次に、当期の目標数値を設定しますが、これには大きく分けて2つのアプローチがあります。
- アプローチA:「目標利益」から逆算する方法
- まず、当期に達成したい経常利益の目標額を決めます(例:前期の倍の1,000万円)。
- 次に、固定費は前期と大きく変わらないと仮定します(例:3,500万円)。
- すると、必要な粗利は「1,000万円(目標利益)+ 3,500万円(固定費)= 4,500万円」となります。
- 粗利率が前期と同じ40%だと仮定すると、目標売上高は「4,500万円 ÷ 40% = 1億1,250万円」と算出できます。
- メリット: 達成すべき利益目標が明確になります。
- デメリット: 目標利益を高く設定しすぎると、目標売上高が非現実的な数値になりがちです。上記の例でも、利益を倍にするために、売上を前期比12.5%増やす必要があります。これが現実的かどうか、慎重な検討が必要です。
- アプローチB:「目標売上」から積み上げる方法
- まず、市場環境や自社の営業力を考慮し、現実的に達成可能と思われる売上目標を設定します(例:前期比20%増の1億2,000万円)。
- 次に、原価率が前期と同じ60%だと仮定すると、粗利は「1億2,000万円 × 40% = 4,800万円」となります。
- 固定費が前期と同じ3,500万円だと仮定すると、経常利益は「4,800万円 - 3,500万円 = 1,300万円」と算出できます。
- メリット: より現実的で、達成可能性の高い計画を立てやすいです。
- デメリット: 利益目標が後回しになりがちです。
推奨されるアプローチ
中小企業の経営計画においては、まずアプローチBで現実的な売上目標から利益を算出し、その上で、会社の戦略に合わせて利益と費用の配分を調整していく方法が、より実践的で効果的です。
ステップ3:利益の分配と費用の調整(経営者の意思決定)
アプローチBで、売上1.2億円、粗利4,800万円、経常利益1,300万円という計画の骨子ができました。ここからが、経営者の腕の見せ所です。この1,300万円という利益を、どのように分配・活用していくかを決定します。
考えられる選択肢
- 選択肢①:利益を最大化し、内部留保を厚くする
- 固定費を前期並みの3,500万円に抑え、経常利益1,300万円を確保します。
- これにより、会社の内部留保が増え、自己資本比率が向上し、財務体質が強化されます。将来の大きな投資に備えたり、銀行からの信用を高めたりする上で有効です。
- 選択肢②:従業員・役員へ還元する
- 「会社の利益は、社員の頑張りの賜物だ。利益はそこまで残さなくても良いから、給与や賞与で還元したい」と考える場合。
- 例えば、目標経常利益を前期と同じ500万円に設定します。
- すると、販管費(固定費)として使える枠は、「4,800万円(粗利)- 500万円(目標利益)= 4,300万円」となります。
- 前期の固定費が3,500万円だったので、差額の800万円を、役員報酬の増額や、従業員への決算賞与の原資として、新たに分配することができます。
- 選択肢③:バランスを取る
- 例えば、目標経常利益を、法人税率が一段階上がる手前の「800万円」に設定します。
- すると、販管費の枠は「4,800万円 - 800万円 = 4,000万円」となります。
- 前期からの差額500万円を、従業員への還元や、新たな広告宣伝費、人材採用費といった「未来への投資」に充当します。
中小企業にとっての利益の考え方
上場企業とは異なり、中小企業は、必ずしも利益や株価を最大化することだけが目的ではありません。利益を適正な水準にコントロールし、その利益を、会社の成長のための再投資、従業員への還元、そして経営者自身の報酬に、どのようにバランス良く分配していくかを考えることが、経営者の重要な役割なのです。
経営計画書と銀行評価:どうすれば融資を引き出せるのか?
作成した経営計画書は、銀行融資を申し込む際の、最も重要なプレゼンテーション資料となります。
銀行が評価する経営計画書とは?
- 実現可能性と具体性:
- 「目標利益から逆算」した結果、売上が前期比75%増といった、非現実的な計画になっていませんか?銀行は、夢物語ではなく、達成可能な根拠に基づいた計画を評価します。
- 売上計画については、「どの顧客に」「何を」「いくらで」販売するのか、具体的なアクションプランが示されている必要があります。
- 経営者のビジョンと意思:
- 単なる数字の羅列ではなく、その計画の背景にある、経営者の想いやビジョン、事業に対する熱意が伝わってくるかどうかも重要なポイントです。
- リスクへの備え:
- 計画通りに進まなかった場合のリスクを認識し、それに対する対応策(Bプラン)が考えられているかどうかも、経営者のリスク管理能力を示す上で評価されます。
- 一貫性と継続性:
- 毎年、経営計画書を作成し、その計画に基づいて経営を行い、定期的に金融機関に報告・相談している企業は、経営管理能力が高いと評価され、強い信頼関係を築くことができます。
赤字の場合の経営計画書
もし、計画を立てても利益が出ない(赤字)という結果になったとしても、そこで諦めてはいけません。
- 「現状では赤字だが、コスト削減策として〇〇を実行し、新規事業として△△を立ち上げることで、2年後には黒字化、3年後には〇〇円の利益達成を目指す」
といったように、赤字から脱却するための具体的な改善策と、中長期的なビジョンを計画書に盛り込むことで、銀行からの支援を引き出せる可能性は十分にあります。
まとめ:経営計画書は、会社の未来を創造する「設計図」
経営計画書は、単に銀行に見せるための書類ではありません。それは、
- 経営者自身の思考を整理し、進むべき道を明確にするための「羅針盤」
- 従業員とビジョンを共有し、組織を一つの方向にまとめるための「コミュニケーションツール」
- 目標と現実のギャップを分析し、改善を促すための「PDCAサイクルの基盤」
- そして、金融機関や取引先からの信頼を獲得するための「会社のプレゼンテーション資料」
といった、多岐にわたる重要な役割を担う、まさに 会社の未来を創造するための「設計図」 なのです。
経営計画書作成のステップ
- ビジョンを定める: まず、会社の「目的地」を明確にする。
- 前期の実績を分析する: 自社の「現在地」を正確に把握する。
- 現実的な目標を設定する: まずは達成可能な売上目標から、骨子となる計画を作成する。
- 利益と費用の配分を決定する: 会社の成長、従業員への還元、経営者の報酬のバランスを考え、経営者の「意思」を計画に反映させる。
- 具体的なアクションプランに落とし込む: 「誰が」「いつまでに」「何をするのか」を明確にする。
作成に慣れないうちは、日本政策金融公庫のホームページなどで公開されている雛形や記入例を参考にしたり、顧問税理士などの専門家のサポートを受けたりするのも良いでしょう。
「計画通りにいかないから意味がない」のではなく、「計画通りにいかない未来に対応するため」に、経営計画書は存在するのです。ぜひ、この記事を参考に、あなたの会社の未来を描く設計図の作成に、今日からチャレンジしてみてください。その一歩が、会社の持続的な成長と、経営者自身の夢の実現への、確かな道筋となるはずです。