「宗教法人は、税金が一切かからないって本当?」
「NPO法人や一般社団法人を設立すれば、節税になるのだろうか?」
一般的に、「非営利法人」と聞くと、税金が優遇されている、あるいは全くかからないといったイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。特に宗教法人は、その活動内容の特殊性から、税制面で大きな謎に包まれていると感じるかもしれません。
しかし、「宗教法人=全ての活動が非課税」というのは、大きな誤解です。実際には、宗教法人をはじめとする非営利法人も、その事業内容によって「税金がかからない事業」と「税金がかかる事業」に明確に区分され、それぞれ異なる税務上の取り扱いがなされています。
この記事では、宗教法人を例にとりながら、非営利法人の税金の基本的な仕組み、課税・非課税の境界線、そして事業を多角化する上でこれらの法人形態をどのように活用できるのか、その可能性と注意点について、分かりやすく徹底的に解説していきます。
非営利法人とは?株式会社との根本的な違い
まず、宗教法人やNPO法人といった「非営利法人」が、私たちが普段よく目にする「株式会社」などの営利法人と、根本的に何が違うのかを理解しておきましょう。
- 営利法人(株式会社、合同会社など):
- 目的: 事業活動によって得た利益を、株主や出資者に分配すること(利益配分)を主目的とします。
- 活動: 原則として、行う全ての事業活動から生じた所得に対して、法人税等が課税されます。
- 非営利法人(宗教法人、学校法人、NPO法人、一般社団法人など):
- 目的: 利益配分を目的とせず、宗教の布教、教育、社会福祉、学術、文化、慈善事業といった、特定の公益的な目的を達成することを主目的とします。
- 活動: その法人が行う事業は、本来の非営利目的の事業と、それ以外の収益を上げるための事業に区分され、税金の取り扱いが異なります。
この「利益配分を目的としない」という点が、非営利法人の最も本質的な特徴です。
非営利法人の税金の仕組み:課税事業と非課税事業の境界線
非営利法人だからといって、全ての活動が非課税になるわけではありません。税法上、その事業内容は以下の2つに大別されます。
1. 非収益事業(本来の目的の事業)→ 原則として法人税は非課税
- 内容:
その法人が設立された本来の目的を達成するために行う、非営利の事業活動を指します。 - 宗教法人の例:
- お布施、お賽銭、寄付金などの受け入れ: これらは信者などからの寄付行為であり、対価性がないため非課税です。
- おみくじ、お守り、絵馬、御朱印などの授与: これらは物品の販売ではなく、宗教上の行為の一環と見なされるため、原則として非課税となります。
- 祈祷、葬儀、法要などの宗教儀式: これらも宗教活動そのものであるため、非課税です。
- その他の非営利法人の例:
- 学校法人: 学生からの授業料、入学金、施設設備費など。
- 社会福祉法人: 介護保険サービス収入、保育料収入など。
- NPO法人や一般社団法人: 会員からの会費、寄付金など。
2. 収益事業 → 法人税が課税される
- 内容:
法人税法で定められた34の事業に該当し、継続して、事業場を設けて行われるものを指します。たとえその収益が本来の非営利活動の資金源として使われるとしても、事業の性質が収益目的であると判断されれば、法人税の課税対象となります。 - 34の収益事業の主な例:
- 物品販売業、不動産販売業
- 金銭貸付業、物品貸付業(駐車場経営など)
- 製造業、通信業、運送業
- 請負業、印刷業、出版業
- 旅館業、飲食店業
- 技芸教授業(専門学校やカルチャースクールなど)
- 宗教法人の例:
- 境内でのお土産物(キーホルダー、お菓子など)の販売: これは「物品販売業」に該当し、収益事業として課税されます。
- 所有する不動産(駐車場、アパートなど)の貸付: これは「不動産貸付業」に該当し、課税対象です。
- 運営する幼稚園や保育園: これは「技芸教授業」などに該当し、収益事業と見なされる場合があります(ただし、社会福祉法人格を持つ場合は別の取り扱い)。
- 税率の優遇:
収益事業から生じた所得に対しては法人税が課税されますが、その税率は、一般の営利法人よりも低い軽減税率(2023年現在、所得800万円以下の部分は15%、800万円超の部分は19%)が適用されるという優遇措置があります。
課税・非課税のグレーゾーンと「実質判断」
問題となるのが、この「非収益事業(本来の目的の事業)」と「収益事業」の境界線が、必ずしも明確ではないという点です。
- 例:お守りとキーホルダーの違い
神社で授与される「お守り」は非課税ですが、隣で売られているキャラクターの「キーホルダー」は課税対象となります。では、お守りの形をしたキーホルダーはどうなるのか?その判断は、実質的にそれが宗教的意義を持つものか、単なる物品の販売かを個別に判断することになり、非常に曖昧な部分が残ります。
このグレーゾーンの存在が、一部で「宗教法人は脱税の温床になりやすい」と指摘される原因の一つとなっています。本来は収益事業に該当するような活動を、「これは宗教活動の一環である」と主張することで、課税を免れようとするケースが起こり得るからです。
税務調査では、このような事業区分が、その実態に照らして適切に行われているかが厳しくチェックされます。
宗教法人のその他の税務上の優遇措置と、誤解
法人税以外にも、宗教法人はいくつかの税制上の優遇措置を受けています。
- 固定資産税の非課税:
宗教法人が、その本来の事業の用(宗教活動)に直接供する境内建物や境内地については、固定資産税・都市計画税が非課税となります。本堂、社務所、墓地などがこれに該当します。- 注意点: 収益事業の用に供している不動産(例:有料駐車場として貸している土地など)については、固定資産税が課税されます。
- 登録免許税の非課税:
宗教活動に使用する不動産の登記について、登録免許税が非課税となります。 - 印紙税の非課税:
宗教法人が作成する領収書は、たとえそれが収益事業に関するものであっても、印紙税は非課税です。
これらの優遇措置があるため、「宗教法人になれば、不動産にかかる税金が全部タダになる」と安易に考える人がいますが、それは「宗教活動に直接使用する場合に限られる」という大きな制約があることを理解しておく必要があります。
宗教法人で働く人々の税金は?
- 宗教法人そのものが非課税の恩恵を受けても、そこで働く住職や職員などが受け取る給与については、一般の会社員と同様に、個人の所得税・住民税が課税されます。
- また、宗教法人も、従業員を雇用している場合は、社会保険(健康保険・厚生年金)への加入義務があります。
「宗教法人=無税」というイメージは、あくまで法人そのものの特定の活動に対するものであり、そこで働く個人にまで及ぶわけではありません。
宗教法人設立のハードル:なぜ誰でも設立できないのか?
「これだけ優遇されているなら、自分も宗教法人を設立したい」と考える人もいるかもしれません。しかし、宗教法人の設立は、株式会社などとは比較にならないほど、そのハードルは高く設定されています。
- 過去の経緯: かつては比較的容易に設立できた時代もありましたが、オウム真理教による一連の事件などをきっかけに、設立の認可基準が大幅に厳格化されました。
- 主な設立要件:
- 宗教団体としての活動実績: 法人化を申請する前に、任意団体として、原則として3年以上の宗教活動の実績が必要です。
- 信者(檀家など)の存在: 一定数の信者がおり、その組織が確立されている必要があります。
- 宗教施設の確保: 礼拝のための施設(本堂、社殿など)を所有していること。
- 財産管理体制: 財産目録や収支計算書を作成し、適切な財産管理が行われていること。
- 所轄庁(都道府県知事または文部科学大臣)による認証: これらの要件を満たした上で、所轄庁に申請し、厳しい審査を経て認証を受ける必要があります。
このように、個人が思いつきで設立できるようなものではなく、長年にわたる地道な宗教活動の実績と、確立された組織体制がなければ、宗教法人格を取得することは不可能です。
宗教法人以外の非営利法人の活用可能性
宗教法人ほど特殊ではありませんが、他にも様々な非営利法人が存在し、それぞれが特定の事業領域で活用されています。
- 学校法人:
- 私立の大学、高校、専門学校などがこの形態をとります。授業料収入などは非課税であり、教育という公益性の高い事業を支えています。
- 社会福祉法人:
- 特別養護老人ホームなどの介護施設や、保育園などを運営しています。介護保険収入や保育料収入などが非課税となり、社会福祉事業を担っています。
- NPO法人(特定非営利活動法人):
- ボランティア活動やまちづくりなど、特定の非営利活動を行うことを目的とした法人です。法人税法上の収益事業を行わない限り、法人税は課税されません。
- 一般社団法人・一般財団法人:
- 活用範囲が広い: 公益的な活動だけでなく、同窓会や学会、業界団体、あるいは資格認定ビジネスなど、様々な目的で設立・活用されています。
- 非営利型と非営利型以外:
- 非営利型: 一定の要件を満たすことで、収益事業から生じた所得にのみ課税されるという、公益法人等と同様の税制優遇を受けられます。
- 非営利型以外(普通法人型): 全ての所得が課税対象となり、税務上は株式会社などと同じ扱いになります。
- ビジネスへの応用:
例えば、ある分野の専門家が集まり、資格認定制度を運営する「協会ビジネス」を一般社団法人として立ち上げ、会員からの会費や資格認定料を非収益事業、関連書籍やセミナーの販売を収益事業として運営するといった活用法が考えられます。
まとめ:非営利法人は「脱税」の道具ではない。社会貢献と事業を両立させる「器」
宗教法人をはじめとする非営利法人は、その本来の目的である公益的な活動について、税制上の大きな優遇措置が与えられています。
非営利法人の税務上のポイント
- 法人格全体が非課税なのではなく、事業内容によって「非収益事業(非課税)」と「収益事業(課税)」に区分される。
- 宗教法人の場合、お布施やおみくじなどは非課税だが、お土産物の販売や駐車場経営などは課税対象となる。
- 宗教活動に直接使用する不動産の固定資産税は非課税。
- 働く個人の給与には、一般企業と同様に所得税・住民税が課税され、社会保険の加入義務もある。
- 宗教法人の設立は、長年の活動実績が必要であり、極めてハードルが高い。
- 一般社団法人など、他の非営利法人も、その特性を理解すれば、様々な事業に活用できる可能性がある。
これらの法人形態は、決して脱税や安易な節税のための「抜け道」として利用されるべきものではありません。 そのような意図で制度を悪用すれば、税務調査で厳しい指摘を受け、社会的な信用を失うことになります。
しかし、本来の事業活動とは別に、「社会貢献」や「業界全体の発展」といった、利益を第一としない活動を行いたいと考える経営者にとって、これらの非営利法人は、その想いを実現するための非常に有効な「器」となり得ます。
例えば、株式会社として利益を追求する傍ら、業界の発展や後進の育成を目的とした一般社団法人を設立し、そこで得た会費などを非課税で運営に充てるといった、営利と非営利を組み合わせたハイブリッドな事業展開も可能です。
重要なのは、それぞれの法人格が持つ本来の目的と、税制上のルールを正しく理解し、自社の理念や事業戦略に合致した形で、誠実に活用していくことです。この記事が、非営利法人に対する皆様の正しい理解を深め、将来の事業展開における新たな選択肢を考える一助となれば幸いです。